2008/7/6 日曜日

鉤取寺

Filed under: 奥州仙臺七福神 — dandolino @ 23:15:32

昨日、久々に仙臺七福神の取材をしてきました。お参りしたのは曹洞宗医王山鉤取寺。祀られたいる神様は福禄壽。
鉤取寺
鉤取寺本堂です。

福禄壽
祀られている福禄壽の木像です。

七福神をお参りするときは、

御神前に正座合掌、或いは直立合掌して、それぞれの神様の御真言をお唱えします。御真言は、自分が何度唱えたか判らなくなるくらいお唱えするのが一番ですが、最低でも七回は昭和致しましょう。そして、心の中に祈願の念を凝らし、静かに低頭してお参り致します。大切なことは、ただご利益だけを念ずるのではなく、七福神を信心することです。そしてその事に安心を見出すことです。(以下略)
”七福神物語”(奥州仙臺七福神霊場会編)より引用

だそうです。ちなみに、福禄壽の御真言は「オン マカシユリ ソワカ」です。
5月19日の投稿仙臺七福神に全ての御真言があります。

ビワの実
敷地のはずれのビワの木にがいっぱい実が付いていました。

アヒル or 鴨?
鉤取寺のそばを流れる笊川にいたのですが、アヒルなんでしょうか、鴨なんでしょうか。調べてみたら、鴨を家畜化したのがアヒルなので元々ごく近い関係のようです。自然界でも普通に雑種ができるようです。

2008/5/29 木曜日

藤崎デパート屋上の動画です。

Filed under: 奥州仙臺七福神 — dandolino @ 23:10:59

藤崎デパートの屋上を動画で撮影してきました。テスト用に撮影した短い動画ですがご覧ください。

私がこのブログを構築するのに利用しているツール”Wordpress”には、プラグインという機能により、いろいろなオプションを追加することができます。今回は「Easy Tube」という、Youtubeの動画をブログ内に表示できるプラグインを設定しました。使えますよ、このプラグインは。

動画の技術はまだまだですが、これからいろいろ取材してアップしますのでお楽しみに。

【藤崎デパート屋上】 ビアガーデンの奥にえびす神社が見えます。神社の右の建物には仙台三社祭のお神輿が収められています。
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使用機材:SANYO DMX-CG65

2008/5/27 火曜日

「奥州仙臺七福神 藤崎えびす神社」写真差し替え

Filed under: 奥州仙臺七福神, お知らせ — dandolino @ 23:23:21

記事奥州仙臺七福神 藤崎えびす神社の写真を差し替えました。

これまで使用していた写真はカメラの操作を誤ってホワイトバランスが間違っていました。それをフォトレタッチソフトを使って目いっぱい補正したのですが、画質がいまいちでした。撮り直す機会があったので行ってきました。なんと、もうビアガーデンが始まっていました。

おまけに1枚写真をアップします。御神鏡の後ろにえびす様が見えています。えびす様も夜更かしなさるんでしょうか・・・。
えびす様

2008/5/20 火曜日

奥州仙臺七福神 藤崎えびす神社

Filed under: だてな仙台検定番外編, 奥州仙臺七福神 — dandolino @ 10:20:52

青葉祭りの混雑を抜けて「藤崎えびす神社」にお参りしました。
「藤崎えびす神社」は藤崎デパートの屋上にありますが、行かれる場合は青葉通側の入り口から入り、すぐ右手にエレベーターがありますからそちらを利用して8階に上がります。

藤崎は仙台で最も古いデパートで、文政2年(1819)に初代藤崎三郎助が大町二丁目一番地で”得可壽屋(えびすや)”の屋号で呉服店を創業したのが始まりです。創業当初から「えびす様」を店のシンボルとし、商標にも使用していました。そのようなご縁から、藤崎では代々「えびす様」を氏神様として崇拝していました。

1932年(昭和7)、鉄筋コンクリート造3階建ての新館を大増築したのを機に、屋上に「えびす様」の総本社である兵庫県の西宮神社から「えびす様」を勧請しました。その後藤崎の増築により神社も何度か移転しましたが、1963年(昭和38)に現在地に移転して今に至っています。

藤崎でパート屋上
8階でエレベーターを降りて、自動扉を手で開けて現れる景色です。昔はここに遊園地があり、小さい頃はときどき連れてきてもらいました。その当時はデパートの食堂が今の”ファミレス”でした。あと1,2ヶ月もするとこの場所はジョッキ片手の老若男女の憩いの場となるのです。鳥居の奥がお社です。右の建物には7月の三社(えびす神社・和霊神社・野中神社)祭りに使用される御神輿が収められています。

藤崎えびす神社
藤崎えびす神社のお社です。「藤崎」も来年は創業190年。「えびす様」はやっぱり商売繁盛の神様なんですね。

●一口メモ
呉服屋さんで扱う織物には大別して、「太物」と「呉服」がありました。綿織物・麻織物が「太物」、それに対して絹織物が「呉服」と呼ばれました。藤崎は創業時は”太物商”でしたが、後には呉服も扱うようになり、1901年(明治34)発行の「仙台市名家及実業家一覧図」では、【呉服太物商】に分類され、屋号は「藤崎呉服店」となっています。

2008/5/19 月曜日

奥州仙臺七福神

Filed under: だてな仙台検定番外編, 奥州仙臺七福神 — dandolino @ 23:40:35

さて、前に予告した通り、「奥州仙臺七福神」について投稿させていただきます。

七福神信仰については諸説ありますが、日本古来の神様である恵比寿様に大黒天や弁財天がタッグを組んでトリオになりました。そこに禅宗の影響で布袋和尚や福禄寿、寿老人さらには、毘沙門天などが加えられて、徐々に七福神が定まっていったと考えられます。これには、古来より「八百万の神」といわれるようにあまり宗教にこだわりのない日本人の性質も大きく影響していると思います。今、世界中で宗教の対立で戦争が起きていますが、もっと寛容になれないのでしょうか。

ところで、七福神が「七」になったことにも諸説ありますが、中国では「七」という数字はそれだけでめでたい数字であること、また、「三国志」に出てくる「竹林の七賢人」が禅宗の僧に人気があったことから、禅宗の僧による”陰謀説”もあります。また、江戸時代には、上野寛永寺開祖の天海僧正が、徳川家康に「大黒天の福、恵比寿の人望、毘沙門天の威光、弁才天の愛嬌、寿老人の長寿、布袋の清廉潔白、福禄寿の大量(度量が大きいこと)、それら七つの徳によって天下を統一し
た」と説いた(ゴマをすった)ことで、家康は七福神信仰を奨励したといわれています。

「奥州仙臺七福神」は、実は歴史は浅く、1986年(昭和61)に仙台市内の曹洞宗寺院を中心に七福神信仰めぐりが起こったということです。(「仙台の守本尊信仰」吉岡一男著・宝文堂・1993)

「奥州仙臺七福神」のリストです。住所も一緒に挙げておきます。

えびす神 藤崎えびす神社 青葉区一番丁三丁目2-17 藤崎デパート屋上
エビス オオカミマモリタマエ サキハエタマエ
大 黒 天 喜伝山秀林寺 青葉区北山一丁目3-1
オン マカカラヤ ソワカ
毘沙門天 金光山満福寺 若林区新町荒町206
オン ベイシラマンダヤ ソワカ
弁 才 天 天総山林香院 若林区新寺五丁目1-1
オン ソラソバテイエイ ソワカ
福 禄 壽 医王山鉤取寺 太白区鉤取四丁目1-21
オン マカシユリ ソワカ
壽 老 尊 喜福山玄光庵 青葉区通町一丁目3-16
オン バサラユゼイ ソワカ
布 袋 尊 南谷山福聚院 太白区門前町8-22
オン マイタレイヤ ソワカ

上記で、寺社名の下にカタカナで書いてあるのは、七福尊神の御真言で、お参りするときには、正座合掌してそれぞれの神様の御真言を何度も(少なくとも七度)お唱えするのだそうです。その際、ただ単にご利益を念じるのではなく、七福神を敬うことで心を安らかにし、生きていることに感謝しましょう。

奥州仙臺七福神」のホームページはこちらです。

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